母が遺した想い。

その他

携帯電話が鳴る午後

ディスプレイには見慣れた名前...

「父からだ」

滅多にかかっては来ない父からの電話

それ故か、
父から電話がかかってくると、
未だに背筋が凍る

それは、6年半前

母が甲状腺がんの転移で倒れてからだ

その後、なにかあるたびかかってくる電話

その都度、

「母になにかあったのだろうか」

と、戦慄を覚えた

それが確実のものとなったのは、
母が亡くなったとき

あのとき設定していた着信音は、
もう二度と使うことはないだろう

「りか、きゅうり要るか?」

“きゅうり”?

どうやら
庭で栽培している野菜のお裾分けのようだ

当時、母がつくっていた数種類の野菜

母のがんが転移してからは、
父も一緒に手伝っていた

採れたての野菜

2021/07/26 佐藤家の野菜

きっと庭で収穫したばかりなのだろう、
気温34度の温もりが、
そのまま野菜に残されていた

「毎年毎年、よくやるな...」

と、思う

母が亡くなってもなお、
今でもこうして
母が大好きだった花を植え、

2021/07/17 七回忌

母が大好きだった野菜を数種類、
未だにつくっている

「自分で食べる分しかない」

と言いながら、
食べきれない分は持ってきてくれる

  そういえば、
  昨年はもらえなかったな...

  おそらく向こうも、
  私に会うのを多少は躊躇っているのだろう

    なにせ私は、父と母に、
    「出ていけ!!」と
    実家を追い出された身なのだ

誰がどう見ても、私より元気な父

まぁ、元気でなによりだ

やることがある方が、
きっと日々の生活にも張りが出るだろう

母が遺してくれた庭

花や野菜をつくっている父を想像すると、
一緒に土いじりをしていた母の姿を感じるのだ――

  もらった野菜は、おいしくいただこう

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Source: りかこの乳がん体験記

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