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武田信玄公墓所にて【国づくりは “人づくり”】

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戦国時代、甲斐の国(現:山梨県)を治めた武田信玄公の墓所は、甲府市の「武田神社」のすぐ近くにございます。先日の神社参拝の折、少し足を延ばして信玄公の墓所にも訪れました。こちらは、信玄公のご遺体を火葬した場所とされ、“火葬塚”とも呼ばれております。信玄公は、自らが亡くなった後、3年間秘密するよう遺言し、この遺言は、武田家の家督を継いだ勝頼公によって忠実に守られたそうです。敵に攻め込まれないためのけん制や、民に混乱を起こさせないための信玄公の最期の計らいです。墓所にて、信玄公の御霊に、当時の心構えなどを伺いました。現代にも通じる大切なメッセージです。どうぞご一読いただけますと幸いに存じます。Rinokia***「この地(甲斐)は、江戸に近いとはいえ、当地を取り巻く(自然の)環境は厳しく、身近に接する(=やりとりする)ことはできない。そしてまた、横隣り(=西側)には信濃国があり、こうした国々の“狭間(はざま)”にある地、それが甲斐であろう。こうした狭間の、ある種、閉鎖的な地であるからには、地の利ばかりとはいかず、むしろいつ何どき、他国(隣国)に服従せしめられるか、国の体制が脆弱(ぜいじゃく)となるか、こうした不安が常にわれ(=信玄公)の頭をよぎっていた。この地を外敵より守り、さらには、以後大きな栄えを成す(=発展する)には、はたして“何”が要(かなめ)となるか、それを、この地の特性ととも

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