広島 平和記念公園(韓国人犠牲者慰霊碑の御霊より)

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広島 平和記念公園には、前回の記事にも書きましたように、平和への願いを込めた数々のモニュメントが設置され、当時その地域に暮らしていた住民の方々の鎮魂のほか、動員学徒、公共機関関係で原爆の犠牲になられた方の慰霊のための、多数の慰霊碑がございます。

慰霊碑に手向けられた折り鶴は、平和への祈りを象徴し、数えきれないほどの犠牲と、さらにはそれらに連なる人々の悲しみや憤りを追想させます。

わたくしは、平和記念公園に赴いた際にはできるだけ時間を気にせず、公園を散策するかたわら、ふと目にした慰霊碑や記念碑に足を止め、説明書きの看板をじっくり拝見することにしております。

以前目にしたかもしれない慰霊碑や傍らの看板は、そのときどきで心に残る印象が異なります。

幾度お伺いしても、なお新たな気づきがあり、そして現代のわたくしたちがけして知り及ぶことのできないほどの過去の凄惨な出来事に、改めて国家の安寧を強く願います。

本日は、「韓国人犠牲者慰霊碑」での、わたくしのもとに現れてくださった韓国人の御霊よりの御言葉をお伝えさせていただきます。

広島での原爆投下は、日本人の犠牲のみではありません。

当時、この地には約十万人いたとされる韓国の方々のうち、命が犠牲となったのは、二万人余りとされています。

祖国を離れ、日本の地ではからずも命を遂げた韓国の御霊は、一体どのような御言葉をお伝えくださったのでしょうか。

今後の、世界平和のためにも大切な心構えを説いてくださっております。

どうぞご一読くださいませ。

***

(※外国の御霊の場合、語感に多少のズレが生じるため、わたくしが日本語としてその方のお気持ちを表現しますと、やや翻訳のような語調となります。)

「(この慰霊碑にまで)足を運んでくださり、また、このように深い祈りを捧げていただきましたことに、我々も大変感謝しております(※今回対話してくださったのが、犠牲になった韓国人の方々の“長(おさ)”的存在のため、人々を代表して“我々”とおっしゃいました)。

いまだ祖国(韓国)に帰れない御霊は、沢山あります。

ある者は、(原爆投下時に)一瞬にして肉の体(=肉体)が溶かされ、またある者は、被爆後見るに堪えぬほどの深い傷を負い、昼夜かかわらず、この地を彷徨(さまよ)い歩きました。

“帰りたい” “帰りたい”――― 行くあてもなく、重たい足をそぞろに進め、この言葉をまるでうわごとのように繰り返したのです。そこかしこで呻(うめ)く声は、投下直後よりこの地に響き、今もなお我々の脳裏に焼き付いております。

帰る場とは、(広島の地の)我が家であり・・・そして、我が祖国(=韓国)です。

人は、“帰る場ありて、生きる力が沸くというものです。えぇ、そうでしょう?

・・・しかしながら、我々は、一面の焼け野原に放り出され、すべてを失った。

周りの人は自分が生きるにも必死です。我々に手を差し伸べるーーー 誰しもが、生きるか死ぬかの境にあって、そんな綺麗ごとなどありません。

人の生き延びるがための“非情”まで、戦争というものは強く浮彫りにする。

あなた(Rinokia)には、帰る場所はありますか? 祖国は?(※日本であることはご存知でしたが、このお方はあえてわたくしに問うてくださいました。)

我々は、当時、祖国を“二つ”持っていたと言っても過言ではないでしょう。

懐かしき朝鮮半島の地ーーー 韓国。そして、在日中に様々な出逢いを得た、この日本、です。

今や、我々の体はとうに(とっくに)朽ち果て、霊魂のみの状態であるからには、自由の身でもあり・・・ですが、もはや二度と叶えられない物事は、あまりに多い。

我々の魂は、皆、“共存”の意気(意志)強き一群ですから、我々はこの世界(霊界)でもなお互いに助け合い、励まし合い、祖国に対し今なお強き“思慕”を抱いております。

祖国(韓国)の人々が、我々の鎮魂のために祈ってくださるのも、本当に嬉しい。

そして、我々の“第二の祖国”――― 日本の方が、今なおこうして(慰霊碑に)佇(たたず)み、心静かに祈り、平和を思い描いてくださることも、これ以上ないほどありがたいと思います。

(語気を変え、御言葉を続けました。)

我々は、お伝えしたい。

今や、世界は目覚ましく発展を遂げ、見知らぬ者同士が知り合い、まるで昔からの友のように心(意思)を通わせ合う、(当時の我々からすれば)誠に稀有(けう)とも言える世になっています(※飛行機などの交通手段の発達や、インターネット、SNSなどの現代ならではの利器のことを指しています)。

自分の国にありながら、他の、いまだ見ぬ国のことも知り及び、そして、ときに深い関係(交流)を結ぶ ーーー

一人ひとりが生きる“世界”は圧倒的に広がり、自らも他(他者)に共鳴し、そして他もまた、自らと同じ場を生きる、そんな“連動の時代”となりました。

あなたがたは様々なきっかけで、世界の人々、そしてその情勢を知るーーー これはまさに、あなたがたが、その知り及んだ国々の数だけ、大切な“祖国”を得たと同じことなのです。

あなたが生きるのは、単に今住まう地のみならず、“国全体”でもあり、そして果ては、世界数多(あまた)の国々であることを、どうか心に据えて(自覚して)いただきたい。

戦時下、どの国の民も苦渋を経験し、物(物資)も尽き、家族や愛する者たちが離散した、その茨(いばら)の道のりを経てなお、繋がれた命の“結晶”が、今のあなたがたなのです。

ですから、心は、自分(自国)に終始せず、心(視野)を広く、そして、より大きな括(くく)りでの、果敢な行動を示していただければと切に願います。

自分に“帰る場”があるのは、本当に幸せなこと。

・・・そして我々は、今もなお帰るべき“祖国”を求め、尽きぬ(霊界での)“旅”を続けているのです。」

***

今回、対面してくださった韓国人の御霊に、御言葉の真意をお伺いしました。

霊魂の世界とは、いわば“無重力”のような、上下左右あまりわからない空間なのだそうです。

とくに、戦争で犠牲になった魂は、命が途絶えた際(死する)自覚がない、あるいは死への覚悟(気持ち的な整理)がついていないことが多く、死後、今自分がどこにいるのか分からない、という事態になるようです。

ですので、上記本文中にも書かせていただきました、

我々の魂は、皆、“共存”の意気(意志)強き一群ですから、我々はこの世界(霊界)でもなお互いに助け合い、励まし合い、

というように、原爆で命を失った御霊たちは、互いに寄り合い、自らの所在を、群れになることで見い出し、連動的に霊界での(学びの)道のりを辿っている、というのが実情だそうです。

「今、あなた(Rinokia)は、どこに居て、何をしているのですか?」

当然、韓国人犠牲者慰霊碑の前にて祈っているのをご存知なのですが、わたくしの“今”についてを、対話中、幾度も尋ねられました。

要は、それらの御霊にとっては、わたくし自身が、自身の姿を、状況や行動の目的なども兼ね合わせて“認識している、そのエネルギーを得ることが、所在が不明になりがちの御霊には何よりも大切です。

わたくしという存在を通して、時代の移り変わりと、現代ならではのエネルギーなどをつぶさに身(御魂)に取り入れることで、大海原のごとく果てしなく続く霊界に、それら(のエネルギー)を“道標(みちしるべ)”として据え、霊界で迷うことないように努めていらっしゃるのです。

慰霊碑をはじめとした祈りの場では、皆様それぞれに、命を尊ぶ思い、平和への願い、そして鎮魂の念などをもたれると思います

もし、ふと思い立った際には、かつての先人たちへの感謝とともに、“私はこう生きていますよ”と、是非皆様の“今の姿”をお伝えいただければと幸いに存じます。

“あぁ、時代は変わったね。みんな頑張ってくれているんだね”と、命を懸けてくださった御霊たちはきっと安堵し、各々がまた必要な段階へと進まれることでしょう。

以上。

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Source: 神々からのメッセージ

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